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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6602号 判決

原告 川島福太郎

被告 大和伸銅株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告は

「原告と被告との間に期間の定めのない雇用関係の存在することを確認する。

被告は原告に対し金三九一、四四〇円の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決と右第二項について仮執行の宣言を求めた。

第二原告の請求原因

一  原告は昭和二五年一一月一日各種伸銅品の製造、販売を営業目的とする被告会社に熔解工として期間の定なく雇用され、昭和三三年一月から職長(熔解に関する技術上の責任者)となり、爾来一ケ月少くとも二六日勤務し、毎月末日限り金三二、六二〇円(時給一四〇円、一日八時間、一ケ月二六労働日の計算による基本給二九、一二〇円、家族手当月五〇〇円、職長手当月三〇〇〇円の合計額)の賃金の支払を受けていたものである。

二  被告は昭和三三年三月一五日到達にかかる内容証明郵便により原告に対し懲戒解雇として予告なくまた三〇日分の平均賃金にあたる解雇予告手当の支払をしないで解雇の意思表示をした。

その理由とするところは、同月三日被告の従業員小石川嘉蔵、同横川広、同池田定一が共謀して被告所有の真鍮粉三叺(価格約二万円相当)を窃取した件に原告も関係があつたというのである。

三  しかし被告の右解雇の意思表示は次の諸理由により無効である。

(一)  解雇理由の不存在

小石川外二名が前記のとおり真鍮粉を窃取した件に関し原告は何の関係もない。

(1) 原告は昭和三三年三月四日夜小石川嘉蔵から「被告所有の真鍮粉を盗み出したが、盗品を会社に返えし謝つて貰いたい。」という申入を受けたので、同人に対し「今夜は遅いので会社には誰もいないから、明朝そうしてやる。ついては盗品を会社の近くである自分の家まで運んでおくように」と伝えた。

そこで小石川が同夜盗品を自転車で原告方に運ぶ途中志村警察署員に逮捕され、次いで共犯者の前記二名も逮捕されたが、右三名は同月一一日豊島区検察庁において不起訴となつた。

(2) ところが池田定一は志村署員の取調に際し盗品の持出を原告が承諾していたかのような供述をしたので、原告も一応窃盗被疑者として半日ずつ二回取調を受けたが、原告にはかかる行為がなかつたので何ら処分の対象とならなかつたものである。

(3) 以上のとおり原告は前記窃盗事件について何ら関係がないのであるから、被告が原告にかかる事情があるとしてした解雇は全くその原因を欠き無効である。

(二)  被告の宥恕

被告会社代表者片岡健吉は昭和三三年三月一一日豊島区検察庁に対し原告をも被疑者の中に加えて、原告らを引続き雇用するから寛大の処分を願いたい旨の嘆願書を提出し、かつ、同月四日頃から同月一五日頃までの間数回にわたり原告に今回の件については責任を問わないから一層仕事に精を出すようにといつて、原告が仮に右窃盗事件に関係があるとしても、何らの処分をしない旨を明らかにした。

以上のように被告は原告に対しその窃盗容疑については事情を宥恕して解決しているから、今更これを理由として原告を解雇することは許されない。

(三)  労働基準法第二〇条違反

被告の原告に対する前記解雇の意思表示は、労働基準法第二〇条に違反して無効である。

被告は原告に対し前記のとおり予告なく、また解雇予告手当の支払をしないで解雇したものであるから前記法条に違反し無効である。

被告は原告解雇後同法第二〇条第一項但書、第三項、第一九条第二項により労働基準監督署長の認定の申請をしたが(その日時は被告主張のとおりでない。)、これに対する認定はまだないものである。従つて所詮右解雇はその効力を生ずるに由ないものである。

四  賃金支払の義務

被告の原告に対する解雇の意思表示は無効であるから、原告との雇用関係は依然存続し、被告は原告の提供する労務の受領を予め故なく拒否しているに帰する。

従つて、被告は原告に対し右解雇の後である昭和三三年四月一日以降毎月末日限り少くとも金三二、六二〇円の賃金を支払うべきものである。

五  よつて、被告との期間の定めのない雇用関係の存在の確認と本件口頭弁論終結時までに弁済期を徒過した昭和三三年四月分から昭和三四年三月分までの賃金合計金三九一、四四〇円の支払を求める。

第三被告の答弁

被告は

「主文同旨」の判決を求めた。

第四請求原因に対する被告の答弁

一  原告の請求原因第一項の事実は認めるが、原告は職長として熔解の技術上の責任者であつたばかりでなく、部下工員を指導監督し職場の規律を維持する地位にもあつたものである。

二  原告は昭和三三年一、二月頃その部下であつた被告の従業員池田定一、同横川広を伴い埼玉県下の某賭博場で賭博をし、右三名共各一万円程の損をしたので、原告はその損害を補填するため池田、横川、同じく被告の従業員であつた小石川嘉蔵、篠金太郎を使嗾して被告所有の真鍮粉を盗み出そうとし、原告は職長の地位を利用して同年三月二日、三日の両日にわたり勤務時間中原告の管理する熔解場において横川に見張りをさせ、その余の三名をして被告所有の真鍮粉三叺(時価合計四五〇〇〇円相当)を盗み出させ、小石川宅に搬出させてこれを窃取したものである。

仮に右窃盗事件について原告に前記のような使嗾の事実が認められないとしても、原告は職長として部下工員を監督する立場にありながら、部下工員である池田、横川、小石川らが右窃盗をする際、池田から見て見ない振をしてくれとの依頼を受け、自己の管理する被告会社の熔解場内において右犯行がなされるのを黙認しもつて右三名らの窃盗行為を容易ならしめてこれに協力したものである。

そして盗品を自宅に運んだ小石川が家族から気付かれたので、原告は同月三日夜小石川から相談を受けて同人に右盗品を原告宅に運ぶように指示し、小石川が原告宅へ運ぶ途中事件が発覚したものである。

原告も窃盗被疑者として志村警察署において取調を受け、右事件は豊島区検察庁に送致され、同庁検察官は原告らの犯罪の嫌疑十分なることを認めたが、被告会社代表者が原告らの家族よりの懇請に応じて同庁に寛大な処分にされるよう上申した点を酎み、原告らを起訴猶予処分に付したものである。

原告の前記行為は職長として部下工員を指導監督し、職場の規律を維持すべき立場にありながら、部下工員に窃盗行為を使嗾実行させたものであるか、または少くとも部下工員の行う窃盗行為に協力したものであるから、かかる原告の行為は就業規則第五七条「左の各号の一に該当するものは行政官庁の認定を受けて懲戒解雇に処する。但し情状を酎量して減給又は出勤停止に処することがある。」との第四号「工場内において賭事その他背信行為をした者」第五号「同僚又は従業員に対し教唆煽動した者」、もしくは第九号「その他前各号に準ずる程度の不都合の行為ありたる者」に該当する。

よつて、被告は昭和三三年三月一五日原告に到達した内容証明郵便により懲戒解雇の通告をしたものである。

三  解雇無効の主張について

(一)  被告会社代表者片岡健吉が昭和三三年三月一一日豊島区検察庁に原告主張の如き内容の嘆願書と題する書面を提出したことは認めるが、これはもとより検察官に対しその職権の行使について原告のために意見を述べたものであつて、被告が原告の行為を宥恕したものではなく、また原告との雇用契約の終了事由を制限するよう原告と約したものでもない。

また片岡が原告主張の頃その主張のような処分をしない旨の発言をしたことは否認する。

(二)  被告が労働基準監督署長に対し解雇予告除外認定の申請をしないで、原告に対し即時解雇の通告をしたことは認めるが、被告は昭和三三年四月二日同署長に対し原告の解雇につき解雇予告除外認定の申請をした。

本件解雇は原告が被告所有物品を窃取したこと又は少くとも右窃取行為を容易ならしめたという原告の重大な背信行為に基くものであり、労働基準法第二〇条第一項但書にいう労働者の責に帰すべき事由によるものであるから、労働基準監督署長の認定がなくとも無効ではない。

四  以上のとおり原告との雇用関係は昭和三三年三月一五日解雇により終了しているからその後の賃金支払義務は存しない。

第五立証〈省略〉

理由

第一原被告間の雇用契約と解雇

原告の請求原因第一項の事実と被告が昭和三三年三月一五日到達した内容証明郵便により原告に対し即時解雇の通告をしたことは当時者間に争がない。

第二解雇無効の主張について

一  被告主張の解雇事由の存否

成立に争ない乙第五号証、乙第六号証の一、二、三、四、乙第七号証の一、二、三、証人小石川嘉蔵、同池田定一の各証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)と被告会社代表者尋問の結果を綜合すれば、(イ)被告の従業員横川広、小石川嘉蔵、池田定一の三名は昭和三三年三月二日頃被告所有の真鍮粉を盗み出す相談をし同月三日被告会社熔解場にあつた真鍮粉二叺分約一一〇キログラム(時価約一八、〇〇〇円相当)を、翌四日一叺分約五〇キログラム(時価約八、〇〇〇円相当)を持ち出し、小石川宅に運び込んだこと、(ロ)池田は同月三日朝熔解場において原告に見て見ぬ振りをしてくれといつたこと、(ハ)小石川は同日午後二時頃原告に「ずい分思い切つたことをやり出したな、横川の話によると横川が埼玉方面に売先を見付け、池田がオート三輪車を頼んでくることになつている」との趣旨の話をしたところ、原告は全く冒険をやり出したなと答えたこと、(ニ)小石川は同月四日夜妻より真鍮粉の盗取を責めたてられたので右盗み仲間から手を切ろうと考え、当初横川を訪れたが、同人不在のため原告方を訪れ、盗取の事情を話して真鍮粉を預つてくれと頼んだところ、原告は「仕方がないから犬小屋の隅にでも置いて行けばよいだろう。」といつたこと、(ホ)原告は翌五日午前一一時頃志村警察署の連絡によつて事情を知つた会社側から呼び出されるまで会社側に真鍮粉の件について何の連絡もしなかつたことの諸事情が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の諸事情から見れば、原告は少くとも前記認定の窃盗行為について情を知りながら黙認し、その事情を会社に秘していたものと認める外ないものであつて、会社が右行為を成立に争ない乙第四号証の二によつて認められる就業規則第五七条第四号に定める懲戒解雇の事由である「工場内において賭事その他背信行為をした者」に該当し、その情重いものと認めたことを不相当とはいい得ないところである。

従つて、原告に対する解雇が何ら根拠のない解雇として無効であるとの主張は採用できない。

二  原告のいう宥恕の主張について

被告会社代表者片岡健吉が昭和三三年三月一一日豊島検察庁に対し原告ら四名を被疑者とする前記窃盗被疑事件について原告主張の内容の嘆願書を提出したことは当事者間に争がない。

被告会社代表者片岡健吉の尋問の結果によれば、片岡は逮捕、勾留された池田、横川、小石川の家族から何とか早く釈放になり、また不起訴になるよう運動方を依頼され、また被告の従業員を罪人にするのも不本意と考え、豊島区検察庁検察官に事情を聞いたところ、片岡において右四名の寛大な処分を願う書面を提出すれば考慮するよういわれたので、代書に依頼して嘆願書を作成させたところ、前記の内容の書面を作成して来たので、必ずしも右四名を今後も引続き雇用する心算でもなかつたが、右四名が不起訴になればよいと思つて押印の上同検察庁に提出したことが認められる。

なお、片岡が直接原告に対し今後も引続き雇用するといつたとの原告本人尋問の結果は採用できず、他にこの点に関する原告の主張事実を肯認するに足りる証拠はない。

以上によれば、片岡が前記嘆願書を検察庁へ提出したことは、いわば原告らが不起訴になるための方便であつたという外なく、片岡のかような行為は検察庁に対する関係では道義的責任を負うべき筋合ではあるが、被告と原告との間に雇用契約の終了事由を法律的に制限する合意がなされたと認めることはできないし、また被告が原告に対する右事由に基く解雇の権能を放棄したものとも認定できないところである。

三  労働基準法第二〇条違反の主張について

被告会社代表者片岡健吉尋問の結果によれば、原告は解雇当時被告会社の熔解部の部長であり、かつ、熔解部、圧延部、製棒部の各部の連絡ならびに各部従業員の監督等の仕事をする職長の地位にあつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用できない。

かような地位にある原告が部下工員らの真鍮粉の窃取の計画があることを事前に知りながらこれを黙認して部下工員の窃取行為を容易ならしめ、かつ、盗み出した工員にその盗品を自宅に運ぶようにいいながら事件が警察より通報で被告会社に知られるに至るまで被告会社に連絡するところがなかつたのは、職長としては重大、悪質な職務懈怠であつて、原告の解雇については労働基準法第二〇条第一項但書にいう労働者の責に帰すべき事由があるものというべきである。

従つて、かかる事由に基いて解雇する場合には三〇日前の予告又は三〇日分の平在賃金の支払を必要とするものではない。

被告会社代表者片岡健吉の尋問の結果によれば、被告会社に同法第二〇条第一項但書の事由に基く解雇について労働基準監督署長の認定を要することを知らなかつたため、昭和三三年四月二五日頃になつて原告の解雇に関し解雇予告除外認定の申請を所轄労働基準監督署長に提出したが、本件口頭弁論終結時(昭和三四年三月三一日)までに右認定がなかつたことが認められる。

労働基準法によれば、即時解雇の場合においては原則として予めその事由について労働基準監督署長の認定を受くべきものと解されるから、被告の原告に対する解雇はこの点については同法違反であると認められる。しかし、労働基準法が即時解雇の要件として設定したのは同法第二〇条第一項但書の事由の存在だけであつて、その事由を使用者が恣意的に拡張解釈しないよう行政的に制限しようとするため同法第二〇条第三項、第一九条第二項の親定が設けられたものと解せられるから、右規定による労働基準監督署長の認定は即時解雇の有効要件とは解されない。

そして、前説明のとおり、原告に対する解雇については同法第二〇条第一項但書にいう「労働者の責に帰すべき事由」が存するのであるから、被告が原告の解雇について所轄労働基準監督署長に対する除外認定の申請をすることが遅れたことないし右申請に対する同署長の認定がまだないことはいずれも右解雇の効力に消長を来すべき事情とは認められない。

従つて、原告の労働基準法違反を理由とする解雇の無効の主張は理由がない。

第三結論

以上のとおり、原告の解雇の無効の主張はすべて理由がないから原被告の雇用関係は昭和三三年三月一五日の解雇により終了したものというべきである。

従つて右雇用関係の存在確認と同年四月一日以降の賃金の支払を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)

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